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2023/09/12

もはや日本の文化⁉️洋食屋さん🍽️

みなさん、こんにちは😆

 

 

サポータースタッフのふかみんです👍🏻

 

 

8月から週3日ほど名古屋に仕事で行くようになりました👀

 

 

ふかみんが名古屋に行くときは基本車で行くので🚗

 

 

約1時間半くらいのドライブを音楽を聴きながら楽しんでおります🎧

 

 

お仕事帰りに吹上のあたりを走っているとき

 

 

そういえばこの辺りに昔行っていた洋食屋さんがあるな〜、と💡

 

 

気がついたらチキンソテーを注文していました🤣

 

やっぱり旨いやん✨

 

 

てか洋食屋さんってもはや日本の文化じゃん、とふと感じました😏

 

 

▼街に広がる「西洋からの食文化」

明治中期になると、西洋料理が一部の階層のハレの食から、日常の食へと浸透し始めます。

その背景には、西洋料理を日本人向けにアレンジしようと尽力した料理人たちの努力がありました。

明治32年(1899)に千切りの生キャベツを添え、ご飯と食べるスタイルを開発した銀座煉瓦亭の「ポークカツレツ」などがその一例といえましょう。

明治中期から後期にかけて、本格的な西洋料理に代わり、「和洋折衷料理」(現在の「洋食」の原型)が方々で考案され始めます。

ここでの試行錯誤や工夫が、大正時代以降に誕生する「とんかつ」や「オムライス」などの「洋食」発案へと繋がりました。

なお「洋食」という言葉は、明治時代の資料にも出てきます。

しかし当時はまだ西洋料理とほぼ同義語として使用されることが多く、明治後期以降、徐々に「和洋折衷料理」を指す言葉として認識されるようになっていきます。

明治時代の終わりには、「一品洋食」(洋食店の残飯や中古のカトラリーを使用し、屋台で「洋食」を提供する形態)といったビジネスモデルも誕生し、さまざまな階層の人々に「洋食」を食べる機会がひらかれるようになります。

参考「西洋料理の民間への広がり

 

 

明治時代から日本にあるなら、それはもう日本の文化ですね☝🏻

 

 

ファミレスでの洋食もいいですが、昔ながらの洋食屋さんで食べる文化もいいですよ‼️

 

 

それでは、また

 

 

ふかみん

 

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